Paudel Dinesh

なかめのてっぺん 丸の内

Paudel Dinesh
(パウデル・ディネス)

社歴10年!自身の経験を活かして、仲間の成長を支える存在になりたい。

1981年、ネパール生まれ。2013年にMUGENに入社以来、料理未経験から数々の現場を支えてきた実力派メンバーである。双子の息子の父。日本での永住権を取得し、マイホーム&マイカーを購入した。モットーは「元気な挨拶日本一」

インタビュー

ネパールの首都、カトマンズ生まれ。当初は軍への入隊を志望していた。

私はネパールの首都、カトマンズで生まれました。カトマンズは、ユネスコの世界文化遺産に指定されている古都です。街には歴史的な建造物や宗教施設が点在し、ヒマラヤ登山の玄関口として、常に多くの観光客で賑わっています。私の父は地元の病院で働いていました。医師ではなく、患者の入退院やスタッフの管理など、院内のマネジメントが主な業務です。母はいわゆる主婦でした。実家には土地があり、かつては牛もたくさん飼育していました。兄は現在、妻と3人の娘と共にイギリスで暮らしています。一家のなかで日本へ来たのは私だけ。

現在、妻と2人の息子(双子)と共に暮らしています。来日する前、私は大学で英語を勉強していました。当時の私の希望は、軍へ入隊することでした。ネパールの軍隊は「世界最強の兵」と呼ばれ、就職先として非常に人気があります。隊員たちは平均身長150cmの小柄ながら、その強さは世界的にも有名で、傭兵として多くの国々から重宝されています。入隊者の多くが若いうちに外貨を稼ぎ、退役後に帰国して年金を受け取りながら、自分でビジネスを始めています(もちろん、現役中には戦場などに派兵されるリスクもあります)。軍の要職を務める従兄弟の影響もあり、私は入隊に憧れていました。しかし、軍に登用されるのは非常に狭き門!体力、精神力、頭脳、語学力など、幼い頃から専門教育を受けているエリートたちに適うはずもなく、私の入隊の夢は破れました。そこで、イギリスやアメリカへの留学も考えましたが、ビザが取得できずに断念しました。

25歳、留学生ビザを取得して日本へ。

英語に加えて日本語が話せるようになれば、将来的に安定した職業に就けるかもしれない…。そう考えた私は、日本への留学を決意しました。25歳のとき、留学生ビザを取得して来日し、まずは日本語学校に入学しました。その後は専門学校を卒業し、さらに群馬県伊勢崎市にある上武大学で学びました。日本という外国に来たこと、そして都会と田舎の両方の暮らしを経験したことで、自分はどこへ行ってもやっていけるという自信がつきました。地域やコミュニティによって、文化や常識は異なります。大切なのは、それぞれの環境に対して、柔軟に適応しようと努めること。それさえ出来れば、どこへ行っても仲間をつくり、楽しく生きていけることを学びました。

2013年、MUGENに入社。意外な苦労は「まかない」作りにあった!

私は2013年に大学院を中退し、MUGENに入社しました。それまで飲食店での経験は、居酒屋「養老の滝」と、お好み焼き店でのアルバイトのみ。料理についてはまったくの未経験でした。ちなみに新宿にあったお好み焼き店では、3年間も働きました。当時の店長は、アメリカ留学の経験者。英語が通じて働きやすかったし、金曜日には50万円の売上が立つような繁盛店でした。お客様から毎回のようにチップを頂き、いつも楽しく働いていました。私がお酒の味を覚えたのも、その店長の影響でした。ネパール人は、一般的にお酒を飲む習慣がありません。日本に来て、初めてビールを勧められたときには、特に美味しいとは思いませんでした。ところが…お好み焼き店で働くようになってから、日常的に飲むようになっていました。気づいたときには痛風を発症…。一時期には体重が、なんと80kgに達していたのです!(反省)

MUGENに入社した当初は、右も左もわからない状態からのスタートでした。入社後6ヵ月間は、ランチは洗い場、ディナーはドリ場に入っていました。キッチン業務は、何ひとつ出来なかったのです。当時の「なかめのてっぺん 丸の内」では、私の他にもインド人やスリランカ人の仲間が働いていました。私たち海外メンバーが苦労したのは、言葉の壁や料理技術の課題はもちろん、実は「まかない」の当番が回ってくることでした。我々がどんな料理を作っても、日本人のメンバーからは不評なのです(笑)今となっては笑い話ですが、これには本当に悩まされました。そもそも日本とネパールでは食文化が異なります。私にとっては美味しく感じる味付けをしても、日本人のメンバーからは、「酸っぱい」「辛い」「まずい」など、口々にクレームが発生しました。一方の私にとっても、日本の料理は基本的に薄味すぎます。日本食は鶏ガラスープやオイスターソースなど、ネパール人が使わないような調味料を使いますし、「ごはん」「おかず」「スープ」など、それぞれ独立した盛り付けをするスタイルも、ネパールにはない習慣でした。日本人のメンバーが作ってくれる「まかない」も、私にとっては美味しいものではありませんでした。味噌汁なんて薄すぎて、まるで水のように感じたものです。今では日本食の味にも慣れ、味噌汁も美味しく頂けるようになりましたが、当初は我慢して食べていました。業務時間中とはいえ、誰にとっても「食事」は大切な楽しみの一つです。仲間とテーブルを囲み、同じものを分かち合う「まかない」の時間は、店舗の絆をつくるうえでも重要なものだと感じていました。みんなに喜んでもらえるような美味しい「まかない」を作れるようになりたい…。そんな想いでレシピを研究し、家でも練習したことで、次第に「まかない」当番への恐れが消えていきました。今ではもう、私が作る「まかない」で、誰にも文句は言わせませんよ(笑)

会社や店舗を支えているという自負が、一番の誇りになった。

入社当初は出来ないことばかりで、毎日のように辞めたいと思っていました。それでも諦めずに続けてきて、今では本当に良かったと思っています。その時点では出来ることが少なくても、たとえ苦しい瞬間があっても、一生懸命に取り組んでいれば、神様は必ず見ていてくれます。

内山さんや店長、仲間たちが信じて見守ってくれたおかげで、私の仕事の幅は着実に拡がっていきました。今では丸一匹の魚も下ろせるようになり、炉端や揚げ場をはじめ、キッチン業務もすべてマスターしています。入社当時の私には、今の自分の姿など想像もつきませんでした。これも、社歴や国籍に関係なく、誰にでもチャンスを与えてくれる環境があったおかげです。「ディネス、頑張ってるね!」「ありがとう!」と、仲間が明るく背中を押してくれたことで、仕事は徐々に楽しいものへと変わっていきました。MUGENは、料理・サービスともに非常にレベルの高い会社です。だからこそ、私は日本の飲食店で料理を担っていると、家族や友人に胸を張って言えるのです。この数年の間に、MUGENグループは新店舗を続々と出店してきました。そのたびに私は、居酒屋やラーメンなど、さまざまな業態にチャレンジする機会を得ました。かつては何も出来なかった自分が、今では新店舗の立ち上げをはじめ、会社にとって重要なシーンを最前線で支えている…。仲間から信頼され、必要とされる存在になれたことを、非常に嬉しく思います。ときには痛風の発作で足が痛む日もありますが、私が居なければ店舗の営業が回らない…。そう思うと、自然と力が湧いてきます。自分の存在が、会社や店舗を支えている…!そう思えるまでに成長できたことが、私にとっての一番の誇りです。

日本の永住権を取得し、念願のマイホーム&マイカーを手に入れる!

MUGENに入社してから約10年が経った今、私はようやく永住権を取得することができました。外国人が日本で永住権を取得するには、一定以上の法定居住期間、収入・資産の証明の提出など、さまざまな要件を満たす必要があります。私はこのたび永住権を取得したおかげで、住宅ローンの審査も無事に通過し、川口に4階建ての家を購入することができました。さらに最近、450万円で中古のベンツも購入しました。念願のマイホーム&マイカーは最高ですよ!25歳のとき、故郷のネパールを離れ、言語も文化も異なる日本に訪れた当初は、苦労もたくさんありました。妻と幼い息子たちをネパールに残し、独り日本で暮らすことの寂しさを感じた時期もありました。しかし、私は運良くMUGENに入社できたおかげで、息子たちを無事に育て上げることができました。お米や野菜の毎月便(会社の福利厚生制度)にも、いつも家計を支えていただきました。本当に心から感謝しています。

現在、息子たちは19歳になりました。彼らはITテクノロジーの専門学校を卒業し、日本企業への就職も決まっています。息子たちは日本語検定1・2級に合格しており、私よりもずっと日本語が堪能です(日本語検定1級の受験者数全体に占める合格者の割合は1.6%前後。日本人にとっても難関試験です)。異国での子育てという大変な時期を乗り越えた今、家族で過ごす時間は以前にも増して楽しいものになりました。ちなみに今年の夏に開催されたMUGENの社員総会(BBQ)で、私は例のごとく飲み過ぎてしまい、息子たちが迎えにきてくれました(笑)彼らは本当に、立派で頼もしい大人に育ってくれましたね。

仲間の成長を支える役割を担い、会社に貢献していきたい。

人々の心根が優しく、治安も良かった故郷のカトマンズは、私が日本にいる間に大きく変わってしまったようです。現地では格差がさらに拡大し、盗難などの犯罪が増えていると聞きます。そのような背景もあり、私たち家族は、今後も日本で暮らしていきたいと考えています。人生、明日はどうなるかは誰にもわかりませんが、MUGENで培ってきた知識や経験が、私のなかに確かな自信を育んでくれました。日本にいる限り、私はMUGENで働き続けたいと思っています。会社は今、さらなる成長の過程にあり、この秋にも続々と出店を計画しています。外国人の採用も積極的に行われている今、私が培ってきた知識や経験を、新たな仲間たちに伝えていく役割を担いたい。なぜなら入社後に彼らがぶつかる壁は、私がすべて経験してきたことだからです。国籍や経験の有無なんて関係ありません。現に私が活躍できているのだから、やる気さえあれば、誰にだってチャンスはあります。息子たちが巣立っていく今、私にとっても仲間の成長を支える役割を担うことは、新たな仕事のやり甲斐になるはずです。もっと稼ぎたいと思えば、自分でビジネスを始める道もあるでしょう。しかし、それは簡単なことではないですし、私にとって大切なことはお金だけではありません。もしも「お金」ですべてが手に入るのなら、私の痛風だってすぐに治せるはずでしょう?(笑)つまり人生の満足は、お金だけでは得られないものなのです。

MUGENで過ごした10年間で、私は日本における確かな居場所を築くことができました。いつの間にか社内の古株メンバーとなり、たくさんの仲間たちと強い絆で結ばれています。これまでの社員旅行でも、多くの貴重な体験をさせていただき、仲間との楽しい思い出も数え切れないほど増えました。それらはどんなにお金を出しても、決して買えるものではありません。会社や店舗の仲間たちにとって、私がいつまでも頼れる存在でいられるように、今後も自己の成長を怠らず、健康にも気をつけていきたいと思います!

※MUGENでは、社長は肩書きではなく名前で呼ばれています。

なかめのてっぺん 丸の内

住所 〒100-0005
東京都千代田区丸の内1-4-1 iiyo!!B1
電話番号 03-6273-4901
営業時間 ・月曜日~金曜日
ランチ 11:00~14:30(L.O.14:00)
ディナー 17:00~24:00(L.O.23:30)
・土曜日
ランチ 11:00~14:30(L.O.14:00)
ディナー 17:00~23:00(L.O.22:30)
・日曜日
ディナー 16:00~22:00(L.O.21:00)
定休日 なし
座席数 62席
HP なかめのてっぺん 丸の内

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