Shankar Kc

なかめのてっぺん 品川

Shankar Kc
(サンカル・ケシ)

MUGEN史上初!ネパール人店長による繁盛店ができるまで。

1985年、ネパール生まれ。2014年12月にMUGENに入社し、3年半で社内初の外国人店長に抜擢される。
「なかめのてっぺん 品川」の店長として、常連客から愛される繁盛店を築き上げた。モットーは「明るく返事 日本一」

インタビュー

ネパール第二の都市ポカラにて、銀行員の家庭に生まれる。

私はネパールの西部、ヒマラヤ山脈の麓に広がる観光都市、ポカラで生まれました。街の中心にはフェワ湖と呼ばれる美しい湖があり、周囲にはカフェやレストラン、ショップが並び、観光客や地元の人々で常に賑わっている地域です。

私は3人兄弟の末っ子でした。銀行員の両親の意向で、兄2人は大学でマネジメントを学んだ後、銀行に就職しました。一方の私は大学を卒業後、海外留学を志しました。両親や兄弟と同じ道に進むのは、なんだか退屈に思えたのです。家庭での話題といえば、銀行や株の話ばかりでしたね(笑)両親は私にインド留学を勧めていました。隣国なので安心だし、IT産業が伸びている国だからです。しかし、私は日本に留学したいと思っていました。日本は経済規模も大きく、何より安全な国です。大学で日本語も勉強したし、日本に住む友人から話を聞いて興味を持っていました。インドは隣国なので、いつでも行けると思っていたのです。

日本での留学中に結婚、スバルの工場に就職する。

留学費用を両親に負担してもらい、日本での生活が始まりました。私は新宿にある日本語学校で2年間学んだ後、新宿情報ビジネス専門学校でITを勉強しました。アルバイトはときどき、居酒屋「和民」で働いていました。当時の和民は店舗数が多く、調理技術を必要としない簡易なオペレーションが整っていたので、キッチンスタッフとして多くのネパール人が働いていました。妻のカルキとはこの頃、両親の紹介で出逢いました。日本で知り合った私たちですが、もともとネパールの実家が近所だったのです。彼女は私より2年ほど早く来日しており、九州で留学生活を送っていました。来日直後の私は、日本語もうまく話せないし、一方で英語も通じず、生活するうえで数々の苦難を味わっていました。同郷であり、異国で同じ苦労を分かち合えるパートナーとして、私たちはすぐに意気投合しました。2012年6月、五反田にあるネパールレストランに友人たちを招き、2人の結婚式を挙げました。妻が卒業するまでの約半年間、九州と東京での別居生活を過ごした後、2人で群馬県太田市に引っ越しました。彼女が日本に滞在し続けるためには、家族滞在ビザへの切り替えを急ぐ必要がありました。そのためには、配偶者である私が、日本で就職する必要があったのです。

友人の紹介で見つけたのは、スバルの自動車工場のラインで、部品の検査をする仕事でした。業務は単純作業の繰り返しで、決して楽しいものではなかったですね(笑)群馬県での生活も、田舎なので若い人も少なく、すぐに退屈してしまいました。東京には学生時代からの友人も多いし、都会ならではのチャンスや刺激に溢れています。群馬に引っ越して約3ヵ月が経ち、都会での生活が恋しくなっていた頃、妻の妊娠が発覚しました。それを機に東京へ戻ることを決意したとき、友人の紹介を経て巡り合った会社がMUGENでした。

MUGENに入社後、最も苦労したのは「言葉の壁」だった。

私の飲食店での業務経験は、和民で半年間ほどのアルバイトのみ。それでも自動車工場の仕事よりは面白さを感じていました。また、MUGENのようにオープンキッチンの飲食店は、海外では非常に珍しいスタイルでした。調理のプロセスを目の前で見ることができる臨場感や安心感は、とても魅力的に思えたのです。

内山さんには、なかめのてっぺん 品川で面接をしていただきました。当時は有楽町の居酒屋「築地もったいないプロジェクト魚治」がオープンした時期でした。入社後1ヵ月間は魚治のランチに入り、ディナーは「なかめのてっぺん 品川」で仕事を覚えることになったのです。

私が和民のアルバイトで経験したのは、揚げ場や洗い場、ドリ場など、キッチン内のほんの一部の業務だけでした。たとえば揚げ場と言っても、ポーションが決まった食材を3分間、油に通すだけのような簡単な作業です。魚を捌いた経験は一切ありませんでした(ネパールは内陸国であり、一般的に魚を食べる文化がないのです)。MUGENでは丸一匹の魚を扱うので、自在に捌けるようになるまでには、かなりの練習が必要でした。しかし、入社当初に何より苦労したのは「言葉の壁」です。学校で日本語を学んだとはいえ、飲食店で使われる日本語は、それとはまったく種類が異なります。そもそも野菜や魚、料理の名前がわからない。たとえば「ウニとイクラのマカロニグラタン」と言われても、私には「ウニ」という日本語が何を意味するのか想像もつかないのです(笑)そのたびにスマホで言葉の意味を調べ、一つ一つ覚えていくという毎日でした。娘が生まれて家族を養う責任も増したなか、ここで日本語を習得しなければ仕事自体が成り立たない…。そこで、まずはグランドメニューを全ページ撮影し、帰宅してから勉強するようになりました。どんな食材を使った料理なのか、調理時間はどの程度か、お客様にはどのように説明すればオーダーをいただけるのか…。私が仕事において最も重視しているのは、自分自身が楽しんで働けることです。そのためには、自信を持ってお客様に商品の価値を伝え、自分の力でご注文をいただけること、私との関わりを通じて、楽しい時間を過ごしていただけることが必須でした。それが出来れば自分のモチベーションにも繋がり、仕事が楽しくなると思ったのです。だから、たとえ日本語が未熟でも、元気に発言することだけは徹底していました。当時は間違った日本語で、お客様からよく笑われたものです。しかし、それで1語でも新しい日本語を学べれば、私としては良かったのです。

私はどんなことにもチャレンジする人間です。何事でも諦めずに挑戦すれば、必ず自己成長に繋がると信じています。すぐに100%の成果を得ることは難しい。それでも、日々のなかで少しずつ、たとえ20%でも成長を積み重ねていけば、必ず大きな成果に繋がります。どんな関わりを持てば、お客様が喜んでくださるのか、最初はわからないことばかりでした。変な日本語で笑わせることでも、お客様は確かに喜んでくれましたが、もっと出来ることは何だろうか…?そう自問し、仲間の仕事から学ぶうちに、多くの「気づき」を得ることができました。それを実践するなかで、お客様に愛される人や店になっていくことが解ってきたのです。

夫婦そろってMUGENメンバーへ仲間入りする。

私がMUGENに入社した当初、妻と娘はネパールに渡り、離れて暮らしていました。入社後約2ヵ月が経った頃、内山さんは私の一時帰国を快く承認してくださいました。ネパールに住むお互いの両親に、結婚してから正式に挨拶ができていなかったのです。また、生後約7ヵ月を迎えた娘と妻を、そろそろ日本へ迎えたいと思っていました。内山さんは約1ヵ月の一時帰国の間、日本での家賃がかからぬよう配慮してくださいました。そのおかげで、私は賃貸契約を解約し、ネパールに渡ることができました。ところが…なんと私は現地でバス事故に遭い、全治3ヵ月の足のケガを負ってしまったのです。内山さんや店舗のメンバーには報告しましたが、きっと誰もが私はもう戻らないと思ったことでしょう(笑)こんなに良くしていただいたのに、信頼を失うわけにはいかない…!3ヵ月後、私は無事に現場に復帰しました。日本に戻った際に開催された社員総会(BBQ)に、私は妻と共に参加し、改めて内山さんにご挨拶をしました。そのときの会話のなかで、「はまぐり屋串左衛門」の仕込みの仕事に妻を迎えていただくことが決まりました。私たちは、夫婦そろってMUGENにお世話になったのです。

MUGEN史上初の外国人店長の誕生へ。

入社してから約1年半を迎えた頃、私は社内で最も頑張っている海外メンバーとして、社員総会でアップルウォッチを受賞しました。これは本当に嬉しかった!料理検定、サービス検定をはじめ、調理や接客のスキルを評価する社内制度において、私は副店長クラスの点数を達成していました。ステップアップの客観的な指標があることで、目標を持てる仕組みは非常に良いことだと思います。

あるとき内山さんとの面談で、「品川のリーダーをサンカルに任せようと思うけど、どう思う?」…と、ご提案をいただきました。その当時、品川のリーダーを担っていた松下が、新店舗へ異動することが決まっていました。彼が抜けたら、店の料理は誰が監督するのだろう…?ホール業務のメインを担ってきた私の不安に対して、内山さんは料理に強いメンバーの導入を提案してくださいました。新人の滝本を品川に迎えることで、彼自身も料理の腕を磨き、能力を発揮する機会になるのでは…?自分がリーダーになったら、店舗の経営責任を負い、社長に対して相談や報告を行う立場になります。言葉の壁もあるし、正直なところ自信はありませんでした。でも、内山さんが外国人の私に、そこまで信頼を寄せてくださるのであれば、この機会にチャレンジしてみようと思ったのです。

リーダーを任される前から、私はホール業務の入口のポジションを担い、売上を立てることにコミットしてきました。小さな店舗で売上をつくるためには回転率が肝であり、入口のポジションが最も重要な役割を果たすのです。結果的にはリーダーになってから、継続的な売上アップに成功しました。就任当初の月間平均売上は600万円でしたが、今では700万円に到達しています。メンバーの異動が生じても、売上が下がったことは一度もありません。その後、私は入社してから約3年半で、MUGEN史上初の外国人店長を担うことになりました。

サンカル流!店舗メンバーへの「気づき」を促すコミュニケーション。

店舗の業績を上げるために、リーダーとして最も大切なこと。それは、一緒に働く仲間が、楽しみながら成長を目指せるような環境をつくることだと思います。なぜなら売上目標の達成は、一人の力では決して成し得ないものだからです。まずは店長である私が、一人ひとりのやりたいことに耳を傾け、仕事を通じてその機会を提供することが大事です。人は自発的に物事に取り組んでいるときにはモチベーションが上がるし、能力を発揮できるものだからです。仲間が素晴らしい仕事をすれば称えますし、改善すべき点があればもちろん伝えます。それも、頭ごなしに「否定」するのではなく、「提案」する形で相手に伝えるよう意識しています。怒りやキツイ一言で、その日の営業の雰囲気を悪くするのは、私としても本意ではありません。リーダーは、言葉よりも行動が見られているということ。いつでもユーモアを忘れないこと。店長との関わりを通じて、自ら気づきを得られたメンバーは、自分の仕事を改善しよう、もっと頑張ろうと思ってくれるはずです。

繁盛店を築いた秘訣は、数字に基づいた戦略的な営業と仲間力。

「なかめのてっぺん 品川」は、30席の小さな店舗です。限られた席数、営業時間のなかで最大限の成果を実現するには、日々の売上目標を全員が意識し、その達成に向けて心を合わせることが欠かせません。毎日の朝礼、シフトの作成、予約の取り方、配席、営業中のお客様との関わり…私たちは、すべてにおいて数字を見ながら営業することを徹底しています。品川のように、客単価5,000円、30席の店舗では、満席時に15万円の売上が期待できます。席効率を考えると、現実的には26名の来客があれば13万円です。そのなかで、私たちは、金曜日には35万円の売上を達成しています。それが実現できるのは、お客様の回転率が高いからです。

品川では食べログからの平日予約において、18:30や19:00スタートのご予約は基本的には受け付けていません。平日のご予約は16:00、18:00、20:00、22:00を基本に、状況を見ながら柔軟に対応しています。もちろん回転率を意識すれば、一組のお客様が店舗に滞在するのは2時間限りになります。しかし、そのなかで最大限に楽しんでいただくことは充分に可能なのです。ご来店された際の歓迎、本日のオススメ料理のプレゼン、提供スピード、中間バッシング、中間オーダー、お会計…。営業時間中は常にお客様を観察し、仲間と情報共有しながら、楽しい時間を過ごしていただけるよう尽力します。だからこそ、品川では「0分回転」が実現できているのです。もしもサービスが行き届いておらず、お客様の満足度が低ければ、これは実現不可能です。特に品川は構造上、エレベーターの扉が開いたらすぐに店舗になっているので、次のお客様にお待ちいただくスペースがないのです。店舗メンバー全員が時間管理を徹底し、2時間のなかで最大限に楽しんでいただけるような「おもてなし」を実践できているからこそ、「ありがとう!」「また来るよ!」と、快くお席を立っていただけるし、常連様になってくださるのです。ちなみに以前の品川の営業時間は17:00~1:00でした。コロナ禍を機に電車のダイヤが変わったことで、閉店時間を早めることになりました。そこで私たちは、失われた1時間分の売上を取り戻すために、ランチ営業後に16:00から営業できる体制を整えました。16:00から1組でもご予約が入れば、プラスになると考えたからです。現在、時間帯別の売上データを見ると、16:00~18:00の売上は月平均25万円に上ります。予算に対してこの貢献度は実に大きいのです。このように、明確な売上目標を掲げて仲間と心を合わせ、実践していくことは非常に楽しいものです。たとえば朝礼で、予算に対してその日のご予約が20名分足りない場合、あと20名のお客様をどのような席配置で迎えるか、いかにして客単価を上げるか、私だけではなく全員に考えてもらいます。そして、営業時間中にはレジに表示される予算比の売上を確認しながら、「あと2万円だよ!」「あと2組のご来店で達成だよ!」と、リアルタイムで現場を盛り上げていきます。そして、本当にお客様がご来店された瞬間には、みんなが心から喜ぶのです!店長の私が、いちばん元気を出しますよ!たとえその日、妻とケンカをしていたとしても関係ありません(笑)楽しい空気をつくり出すことで、仲間はもちろん、お客様も巻き込まれてくれるのです。ちなみにラストオーダーの23:00を過ぎていても、ご来店があれば私はお客様を喜んで迎えます。限られた30分なら30分、1杯でも1品でも楽しんでいただくのです。できる範囲のサービスで喜んでいただけるのは私たちも嬉しい。お客様も歓迎されて嬉しい。そして、12:08の終電できっちりと帰るのです(笑)これで全員がハッピーですよね。それができるのも、メンバー全員がすべてのポジションを経験しており、たとえ一人でも対応できるからです。限られた人数で店舗を運営するためには、全員が日頃の営業のなかで、各ポジションに習熟している必要があります。忙しいときにも、自分が経験しているからこそ適切なフォローができるからです。一人ひとりのメンバーが、店舗全体のために動くことを自分の仕事として捉えています。このような意識が浸透しているおかげで、たとえ私が休みの日でも、信頼して仲間に任せることができるのです。

「背伸び」が必要なチャレンジが、自分を成長させてくれた。

私にとって、内山さんのようなグローバルマインドを持つ社長のもとで働けたことは本当に幸運でした。

MUGENでは、社歴や国籍に関係なく、目の前の人間の可能性を信じて、チャンスを与えてくれる環境があります。どんなことにもチャレンジするタイプの私ではありますが、店舗のリーダーとしての責任が果たせるかどうかは、内山さんにご提案いただいた時点では自信がありませんでした。それでも信頼して任せていただいたからには、なんとか期待に応えたい…。そんな想いで責任者という立場に挑戦したことが、結果的に私を成長させてくれました。自分が出来ないことを、メンバーに教えることはできません。店舗の責任者になってからは、自分の苦手なことや出来ないことを洗い出し、期限を決めて一つ一つクリアしてきました。リーダーの立場になったからこそ、健全な危機意識を持つことができたのです。そうでなければ、今頃はどこかの居酒屋のアルバイトのレベルで止まっていたかもしれません(笑)あるとき内山さんから、もっと大きな店舗の店長を担ってみないかとご提案をいただきました。品川は物件の性質上、利益が出しにくい店舗のため、私の給料を上げるのが難しいという理由でした。しかし、私は品川において利益を上げることにコミットする道を選びました。結果的に、今期は半年間で予算比251%の利益を実現しています。これは、共に働く仲間一人ひとりの成長と、品川を愛してくれるお客様のおかげです。

最近では、店内のカウンター席の改修を行わせていただきました。35万円の投資が必要でしたが、お客様にとって快適な環境、清掃が行き届いた店内にこそ、繁盛店の秘訣があると思っています。このように、環境の整備に投資ができるのも、店舗の利益があってこそです。今年は品川も新体制に変わり、新卒メンバーも預かっているので、改めて強いチームづくりに注力していきます。私は年内に1ヵ月弱の休暇をいただき、8年ぶりにネパールへ帰国させていただけることになりました。私が不在の期間も、他のメンバーがしっかりと店舗を運営してくれるはずです。今はまさに、今期の店舗MVPの受賞を目指して、みんなで心を一つに頑張っているところです。

入社9年目を迎えた今、考えていること。

日本で働く外国人の多くは、いずれは自国に帰ることを前提に来日しています。稼いだお金を故郷の家族に仕送りして、若いうちになるべく多くの貯金をし、いずれは帰国して幸せに暮らしたいと考えているのです。私の場合は将来的にどちらの国に暮らすのかは定まっていませんが、仮にネパールに帰国したとしても困ることがないよう、娘をインターナショナルスクールに通わせています。娘は日本語、英語、ネパール語の3ヵ国を話せるようになりましたが、インターナショナルスクールの費用は非常に高額なのです。2人目の娘が生まれた私にとって、将来に向けて収入を上げていくことは、ますます重要になっています。

内山さんはそのことをよく理解してくださっており、数年前にMUGENの独立制度を活用して、品川の経営を担ってみないかとご提案をくださいました。たいへん有難いお話でしたが、その当時の私には永住権がなかったことを第一の理由にお断りしました。永住権を持たない外国人の海外生活は、さまざまな場面において不安定で、何か問題が生じれば、すぐに帰国しなければなりません。あれから数年が経ち、ようやく私の永住権の取得についても見通しが立ちました。永住権が取得できればローンが組めるようになり、家を購入できたり、事業がしやすくなったりと、これまでよりも選択肢が大きく広がります。近い将来、永住権を無事に取得できたら、品川での独立について改めて検討させていただくことを内山さんにはお伝えしています。

MUGENに入社して、多くのチャンスをいただいたおかげで、私は自分の将来の糧を得るための武器と自信を手に入れました。品川で一緒に働いているネパール人のクマルに出逢えたのも、MUGENに入社したおかげです。私が将来的に自分の店を始める際には、どこへでもついてくると彼は言っています。クマルとは妻よりも圧倒的に長い時間を共に過ごしているのに、まったくケンカをしない大親友です(笑)周囲を見渡すと、日本の飲食店には外国人の店長がまだまだ少ないように感じます。「外国人だから」という理由だけで、日本人と同様のチャンスを得られる会社が少ないからかもしれません。MUGENには、そのような壁は一切なく、自分が会社に貢献していることを実感しながら働けますし、将来の独立を含めた多様なチャンスが広がっています。国籍を問わず、多くの人がこの機会を手にして、仲間と一緒に愛される店づくりの面白さを実感して欲しいですね。

※MUGENでは、社長は肩書きではなく名前で呼ばれています。

なかめのてっぺん 品川

住所 〒108-0075
東京都港区港南2-2-2 富士ビル3F
電話番号 03-6433-3069
営業時間 ディナー 17:00~翌1:00(L.O.24:00)
ランチ 11:30~14:00
定休日 土曜日・日曜日
年末年始・祝日も定休日とさせていただきます。
座席数 30席
HP なかめのてっぺん 品川

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